大学生という名前で活動しています。高校生の頃からウェブ事業・開発を続け、比較的自由なインドア暮らしを維持。東京大学大学院に在籍。MENSA会員。好きな言葉は「Convexity(凸性)」。
「明るい不登校」「怠学者」として育ちました。「好きなことで生きていく」ではなく、「好きなことでしか生きていけない」人間です。だから、「好き」を増やせるように。一応は一生懸命やってます。
ITエンジニア / 自宅クリエイター / 1999
大学生という名前で活動しています。高校生の頃からウェブ事業・開発を続け、比較的自由なインドア暮らしを維持。東京大学大学院に在籍。MENSA会員。好きな言葉は「Convexity(凸性)」。
「明るい不登校」「怠学者」として育ちました。「好きなことで生きていく」ではなく、「好きなことでしか生きていけない」人間です。だから、「好き」を増やせるように。一応は一生懸命やってます。
| 01 | MENSAはアンチテーゼとして受けた。感性で邂逅できる人を求め続ける。 | ギフテッド | |
| 02 | 選択としての無参加。論理より動機を優先した人の戦略的撤退。 | 哲学 | |
| 03 | Generative Poisoning——知的財産汚染という不可逆な構造変化を論じる。 | AI倫理 | |
| 04 | 運・偶然・直感を設計する中間領域。ナイトの不確実性との接点。 | 形而上 | |
| 05 | Axiology(価値哲学)。主観的価値体系を言語化して共有してほしい。 | 価値哲学 | |
| 06 | Homo Digitalis。知的方略で生きるプロニート的な人々との連帯。 | ライフスタイル |
「よくある質問」形式で質問回答をいたします。
下記は、実際にどなたかから頂いた質問というわけではございません。想定に基づいて記載しております。
包み隠さずお伝えします。20代前半で初めての交際があり、正式なお付き合いは現本サイト開設時時点までにおいて二度(二名)です。
二名ともオンライン上(インターネット上)で縁を持った方です。
※私はいわゆるマッチングアプリが好きではなく、利用したこともないため、そうでない経路からの繋がりです。
これ以上の詳細(諸々の理由、期間、関係性の深度等)については、こちらの質問回答コーナーでは控えさせていただきます。
過去の二名に基づいて考えると、答えは「いいえ」となりそうなのが率直なところです。
当該の二名とも、私が「いいな」と一度でも思った方であるのは確実な事実です。しかし、「本当に好きだ」「俺、今これ恋愛してる(恋に落ちてる)わ」といった感情は、二名には一定の申し訳なさも一部感じつつ、十中八九一度も無かったと思っています。
今後の出会いや、本サイトでのご縁について、今度は「恋愛できる相手がいい」「恋愛がしたい」、といった指定的な望みは特段、持っておりません。
もちろん、そうであれば幸せそうで喜ばしいことですが、私自身がそういうやつなのかもしれませんし、必ずしも恋愛脳でいれなくとも、相手の方を「この人がパートナーとして好きだ」と認められるのなら、客観的にも私にとっても贅沢なことだと思います。
私自身の好きな女性のタイプについて。正直、分からなくなっています。
自分と近い・いわゆるホモガミー的な人がいいのか、離れている・全然違うような人がいいのか、という軸での二元論はあらゆる場所でもよくテーマになっていることですが、昨今私が感じているのは、それだけの話でもありません。
しばらく、賢い人・高学歴な人・頭のいい人、そういう自覚や客観的証左のある人。私がそういう感じのキャラであるのと同じように、そういう人をフィルタリングするように長い間考えていました。
でも、本当にそうなのか。私・私たちにとって良い人なのか。あるいは、それだけが唯一の対象なのか。全然違うような、考えたこともなかったような人、それこそ、「恋に落ちれる」ような人が実際には存在するのか。今は、ちょうど分かりません。
私は東大とMENSAに一応ちゃんと所属しています。これらの肩書をわざわざ記載するのは、「私のアイデンティティ(賢くあり、賢くありたい)」と、読者に「『言葉が通じる"人間"である』ことを求めている」というシグナリングを発信するためでした。
自分をメタ認知(客観視)する癖がある私は、たまに「これ変じゃないかな」みたいにちょっと不安になったような際などに、AIに「この人物、どう思う?」みたいに尋ねることがあります。まあ、あくまでAIのベクトル推定の視座であって人間の意味論的な推論・感覚とは違うという前提は無論ですが、生身の人間にわざわざ尋ねるのもご迷惑とコストを掛けますし、そのような親しい人は数名と持ち合わせていませんので無理のある話です。
そうするとAIはわりと高い確率で、「この人物は出来過ぎていて、関わるリスクが無いとは言い切れません」「学生証や会員証を実際に見せてもらうまでは信用するべきではありません」のようなことを言います。たしかにそうで、『インターネットは情報(パケット)を伝えるためのものであり、真実を伝えるものとして設計されていない。』ということは私自身別の場所で詳しく論述しています。(これは私が関心を持っていることの一つである分散型アイデンティティとVerifiable Credentials(VCs:検証可能な資格証明)のテーマです。VCは、無秩序に生成されるAIコンテンツでどんどんと価値を失っていく現在のウェブの原初の問題に対する、唯一の希望です。5年後には時代が追いついていたとしても、今はまだ。)
少ししばらく考えて、この問題を解決するための支配戦略は、「私から示しに行く」ことなのかなと思い至りました。デフォルトで「私から示したい」というスタンスで行くのがいいんじゃないかと今は落ち着いています。
といってもIDカードをただ見せるのは面白みがないので、メンサであれば会員主催のよさげなイベントにゲスト参加で一緒に行くとか、大学であれば所属のDiscordサーバーで面白そうな投稿を一緒に見るとか、矮小な証明のためではなく、私たちの楽しみの拡張のために私の一部をシェアさせていただきます。
さて。これらの肩書はたしかに私自身を示します。しかし同時に私の全てではないんです。私は東大でかじっている医学的・生物学的なことより、ウェブやデジタルのことのほうが文字通り百数十倍は知識がある「アーキテクト(情報技術者)」です。私が私自身についてすごいと自負できることは、少なくとも上の肩書や本サイト内の98%の内容には含意されてすらいないんです。